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スピリットと共に歩む真実の道【Love Spiritual Peace】
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シンボル(具現・起こった出来事)リーディング(読み取ること)

※具現を読み取ってゆくことで、今、何が自分に必要なのか、今何が自分に起こっているのか、どうすればより自分が活かされてゆくのかを知ってゆく、自己探求(=自分を愛する・自分を知る)のは必須のツール。


以下、12月1日にリーディングしたもの。


11月29日、蓮ちゃん宅にてミーティングが行われた。

仕事帰り、蓮宅に向かう前、なんとなく花屋に立ち寄ったら、白いストックが5本290円で売られていた。
以前全ちゃんがリーディングでストックの花の意味を言っていて、内容は覚えてなかったが、素敵な意味だったよなあと頭をよぎった。
ふっと、蓮ちゃんにもあげたくなり、花を購入。
私は自宅用に2本、蓮ちゃん用に3本に分けてもらった。

一度自宅に帰った後、なんとなく白い上着と汚れていない白いきれいな靴を履き、蓮宅へと向かい、ストックをプレゼントしてテーブルの上に飾った。

そして、むき出しだった上掛けに白い布団カバーをかけて欲しいと蓮ちゃんに頼まれ、カバーをつけた。

その後、ミーティングへ。

※この日は、1週間ほどエゴっていた状態から、ある出来事を切っ掛けに目が覚めて、「幻想に浸ってる場合じゃない!私は守るべきものを守らねば!」と改めて守護への自分の想いを再確認していた。
※この日まで蓮ちゃんちの上掛けのベットカバーがずっと揃わずに、むき出しのままの状態が続いていた。
前日もカバーをかけようとしたら、若干乾いておらず、結局この日に持ち越された。



花=仕事の成果。蒔いたものの、立派な収穫。美しい自己表現。

白=真実。清純。神の光。キリストの光。守護。導師。

ストック=愛の絆。永遠の美しさ。豊かな愛。逆境に堅実。幸福。愛の結合。素朴。求愛。

290=世の中で神に仕えるための能力と準備があなたにできていることを信じてください。あなたは癒しの光を通す神聖な媒体なのです。どんな自己疑念も創造主にゆだねてください。

5=今すぐ事態を変えなさい。変化。

3=三位一体。心と身体と精神の調和。

2=男性エネルギーのバランスと女性エネルギーのバランス。または、生活のどこかにバランスの必要があること。

自宅=自分

衣服=あなたの行動振る舞いの意図または手段。あなたが取る態度。衣装は過去生での体験を示唆しているかもしれません。なぜなら今あなたが取り組んでいるレッスンは、その時直面していたのと同じものを現しているからです。

靴=基礎固め。人生の旅路にあるものからあなたを守るもの。

蓮宅=神我領域。

蓮ちゃん=神聖さ

テーブル=日常の行動。仕事でも。食事でも。遊びでも。決定を延期すること。話し合い。

カバー=保護

ベット=リラックス

ミーティング=アイディアや目標への再吟味。ものごとをまとめること。





☆リーディング

自我領域において内なる男女性および生活のバランスを取り戻し、今すぐ事態を変えなさい。

真実の光を身にまとい、身を改め真の守護者として体現・役割を果たす意志を持って神我領域へと向かい、あなたは「神聖さを守りたい。」とコミットしました。

神聖さから守護者として役割を果たすよう促されましたが、同時に日常の行動も改め、自分自身のリラックスも守りなさい、ともいわれています。

今後、より守護の方向性が明確になってゆきます。
疑念を払い、自らの神聖さにゆだねなさい。





・私は神聖さに猶予期間を与えられたのだと思った。
その為に、身を引き締め装い新たに、神聖さにコミットをしに行っている。
崩れた生活のバランスを調和させ、美しく体現をなさい、といわれている様に感じた。

また、この日は境界線を侵しており、神聖さとの関わりにおいてわきまえる様に神聖さに沿う男性性(龍さん)に注意を促されている。
心機一転、新たな領域へと向かうまでに、ブロックとなるものを教わった。

すべては揃い、準備はできている。
後は、わたし次第。 




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何かわからないけど今、恐れが浮上していて、そしてとても焦っている。

それを口に出してつぶやいてみたら、胸の奥からぐわわっと衝動が溢れてきて、私は声を上げて大泣きしてしまった。

こわいよー!
こわいー!

こんなのいやあ!
こんなんことしたくないのに、なんでやっちゃうの!?
いやあ!

ちゃんとしたい!
守護者としてふさわしくなりたい!
こんなエゴの手で触れたくない!
神聖さにふさわしくなりたい!

こわいよう!
こわいよう!


。。。とまあ、こんな感じに泣き叫んでしまいました。


ここ数日、焦りが浮上していて、でもその大元の原因が見えなくて、なんともいえない気もち悪さが続いていた。

なんども境界線を踏み越え、調和のルール(法則)を守らず、夢中になって楽しんでしていた自己探求・日常瞑想を(実は)数日間サボったこと。。。
その自分に対して許せずに、自分へ向けて「認めない」「否定する」という攻撃をしていたことにも気がついた。


でも本当の原因は、まだ見えていないけれど。

ひとつハッキリしているのは、私はこれら浮上した心地悪いと感じさせるもの達を、ごっそりまとめてそぎ落としたいのだな、ということだ。
スッキリしたい。
それには、自己探求を通して自分を知ってゆくしかないのだ。

探求を怠るということは、流れ出る水をせき止めて、にごらせてしまうこととおんなじだ。
にごった水は、やがて腐ってゆくだろう。
そんなものを身体の内に溜め込んでいれば、当然心地良くはない。

それを味わった。

リラックスがなければ体現は止まってしまうけど、探求の滞りは、エネルギーの循環を止めることにも等しいということに、今回の体験を通して気がついたのだ。


探求は、毎旬意識を今にフォーカスしてゆくことは、それだけで自分自身を浄化しているのだ。

 

シフ(蓮ちゃんの高次元のスピリット)からのアクセスで、こんなものが在る。

蓮ちゃん日記「モークに続くシフからさらなるメッセージ」
→ http://ryu-and-ren.seesaa.net/article/33288986.html

 

探求を怠ってはダメ。
まだ見て。
まだある。
見てない、気付いてないものある。

愛のエナジーがもっと上がったと安心していてはダメ。
常に愛を満たし続けていくもの。
常に育み、養っていくもの。

まだ見えてない。

愛にフォーカスして、もっとリアルにすれば見えるものがある。

気付いても、新たに知っても、それは味わっていなければ、知識になってしまう。
流してしまってはダメ。
流されないように。

九つのイニシエ(キリスト化)は、シフトと関係している、そのことを忘れないで。
真実を求める探求に沿わなければ、ブロック掛けてるも同じ。

空気、息のように同じなならば、同じ。
そのことをリアルにして下さい。

真実と○○○

同じにはなってない。
距離置いているならば、幻想も同じ。

シフ

 

蓮ちゃんと私の成熟の段階はまったく異なり、私はまだまだとても幼い。
それでも、どの段階でも云わんとされることはそう違わないと思う。
今の自分の状態が見えず、それにおびえて恐れを撒き散らすくらいなら、また呼吸を整え落ち着けて、再び自己探求を始めよう。
出来る一歩から始めよう。


リセットしたい。
その気持ちは本物なのだ。
ならばその為に必要な動を、私が私にしてあげるだけなのだ。




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リラックスを自分に与える=自分を愛すること


なんだなあ。。。とつくづく感じた京都カレッジ2日間だった。


本当の心地良さ、私の女性性の望んでいること、感じること、求めていること。。。

それらを表現しないでいることは、自分をただ痛めつけるだけだと痛感。

リラックスがなければ、日ごろ自然と行っている内からなる体現すらままならず、自分の鋭敏になっていた感覚が、疲労で鈍っていくのをリアルに味わった。

こんなに怖いことはない。

(見に覚えのある感覚だ)


まるで、神聖さへ開いているセンサーに蓋がかぶさるかの様な体感があるのだ。


境界線を明確にし、自分自身を守護することがどれほどの霊性の波及を自分自身にもたらすのか。。。

私はまた再びそれを味わった。

そして当然、これらは守護においても置き換えられる。


リラックス。
それは、私が神聖な自己とのコミュニケーションを深める為に最も必要なもの。


そして求められるのは、リラクゼーションの為の、私自身の動。
内なる女性性を心地良くさせてくれる、内なる男性性のサポート。

そして、自らの守護となる境界線=ルールズ=法則の実践。


私は体験を通し、リラックスが霊性にとってどれだけ重要であるのかを改めて学んだ。

私は、今までよりもっともっと、より自分を愛する為に、より成熟し、意識を純化し、私の霊的な役割を果たしてゆく為にも、自分への配慮を忘れずにいたい。


真剣にリラックスは大切です牡羊座いい気分(温泉) 





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近頃の実感。

私は、かつて意志薄弱で、人の顔色をうかがい、何事も決断のできない人間だった。
その弱さはまだ一部持っているけれど、私はRenクラスでの実践の学びと自己探求のよって次々と刷新され、鎧を剥ぎ取って、私本来の持つ強さが顕現を始めている。

私は、本当に魂が望んでいることに向かう意志が、とても強いのだ。
何が本当にやりたかったのかが思い出しつつある今、前進することになんら迷いは無い。

役割を、神聖さの体現を真に果たす為にひたすら突き進むのみ。

この強いコミットが、私に必要な学びを私の元に引き寄せている。
出会うべき人に出会い、知りたかったことが知れてゆく。
時には痛みを伴う学びさえ、私がより本質の学びを実感し、自分をより知る為に、自ら望んで引き寄せる。

私は、自分が発するエネルギーの霊的自己責任を引き受けている。
まだ甘さのある部分も、これから変換してゆく。
直感を研ぎ澄ます実践の始まっているRenクラスや、蓮ちゃん、龍さんから受け取ったエッセンス、日々の探求、そして第2チャクラの学びが、今自分が何を学び、何を昇華させようとしているのかを教えてくれた。

Renクラス関連日記
『ランチにアゴウス』 ⇒http://ryu-and-ren.seesaa.net/article/46192204.html
Ren classを体験して…[感想] ⇒
http://ryu-and-ren.seesaa.net/article/47697019.html




その学びのプロセスの中で私は確信した。


私の願いは叶っている、と。。。


どのような現実であれ、その現実を招く始まりの一歩は、すべて私自身にあるのだ。
霊的な、神聖さの学びに必要なことは、タイムラグはそれぞれあれど、必ず叶っているのだ。
dozenとの偶然(必然)の出会いを含め、仕事、何気ない交流、買い物、夜眠っている最中さえ、日常のすべてに、望んだ学びの答えがある。

この水面下に流れる目に見えない意思のエネルギーの力は、やがて物理にさえ影響を及ぼし具現されてゆく。もうされ始めている。


願いは叶う。
いつでもどの瞬間でも、自分の望む形で、私は出来事を味わっている。


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昨日の午後、某所にてdozenと遭遇。

以下、遭遇までの昨日1日の流れ。



・前日の夜に、龍さん経由で蓮ちゃんから私が引き起こした具現※をリーディングすることを薦められる。
 ※数字の『1』について

・朝起きる
・ラブスピースのイベント関連の作業を行う
・作業しつつ、内観を行う
浮上している恐れについて=幻想→自分は駄目なのではないか?
                     役割を果たしたいのにブロックが掛かってままならないことへの焦り
                  日々の生活の問題、想いを恐れで口に出せない部分をどうしたら。。。

・浮上したものへのエッセンスになるのでは?と思い、前日に蓮ちゃんから促しの在った『1』について調べようとしてなぜかロナ・ハーマンの『光の翼・第二集/黄金の約束・上』を引っ張り出し、エッセンスを収集する。
→今のラブスピースを現す内容が、大まかでは在るが書かれており、衝撃を受ける
  
・読みながら、「改めて神聖な役割を果たしたい!自分には何が出来るのか?どうしたら体現できる!?」
などなど、サナンダの名を何度も呼び、どうしたらより神聖さをスムーズに体現できるかサナンダへ訴えかけ、神聖さへのコミットを強めていたら、軽い変容が起こる。

・変容中、過去、ごく僅かだが時折顕現していた自らの特性を思い出す。
 →本当に大切なものは、何があっても誰が相手でも、ひるまず立ち向かい、守ろうとする強さ

それを今までほぼ活かせていなかった自分に涙した。
同時に、光の翼の一文からエッセンスを受け、特質を見えなくしていた重石を今取り外している最中で、これから徐々に蘇ってくることを不思議と確信する。

・光の翼シリーズは以前にも読んだことは在るが、Renクラスを通して自己探求により真実を学んできた今だからこそ、この本の表層でない本当の真実が、実感として理解できた。
→あまりに感動したため、ぜひ蓮ちゃんともシェアせねば!伝えねば!という衝動に駆られ、本を持ってアパートを飛び出す(以前から持ってきて欲しいと頼まれていたクロックスを、ふと思い出して一緒に持って出た)


この時、蓮ちゃんとも龍さんともなんらコンタクトは取っていない。
が、それでも「必ず会える!」という妙な確信を持って自転車を走らせている私がいた。



・日ごろdozenの立ち寄るところに顔を出すが、どこにも見当たらず、
「これは見当違いにエゴで突っ走ったか?」と内観し、近くの薬局でなんとなくチョコレートとゴミ袋を購入し、やろうと思っていたこと(今後のイベントについて必要な会場の下見)を行った。

(この途中で仕事帰りなラブスピ仲間の全ちゃんに会った)

・某スーパーの100円均一店にてペンと朱肉と布きんを購入する。
→この時、蓮ちゃんが「書きやすくて好き」と言っていたペンを自分の分と合わせて2本購入した

・そして、地下の食品売り場へ。
→某所で食事を済ませ、談話していたdozenと遭遇し、さっそく蓮ちゃんにペンをプレゼントする。
 今の自分に必要なエッセンスを受け取り、本のシェアと、さらにクロックスも無事に渡すことが出来た。


☆その後蓮ちゃんに起きた具現を一緒にリーディングし、共同創造に参加することが出来た。
  このリーディングに、私がプレゼントしたペンも関連していた。



探求、内観、リーディング、実践、などなど、日々やるべきこと、必要なことをを楽しみながらこなしていけば、必要なものは必ず目の前にやって来る。しかも、自動で。
受け取ったエッセンスは実に様々だったが、特に印象的だったのが以下のこと。

蓮ちゃん→仲間同士のパートナーシップのこと。互いに認め合い、尊重することが大切。
       仲間の内なるキリストを見る。

龍さん→第2チャクラの根源的な強さを発揮すべし

これ、家に戻ってから内観・リーディングしていたら、二人とも同じことを別の角度から伝えてくれていたことがわかった。
龍さんは「7つのチャクラ」にある、第2チャクラの「根源的な強さ」のことを言っていた。
そして蓮ちゃんは、意図せずして同じく第2チャクラの「聖なる真理」を言ってくれていた。
蓮ちゃんも龍さんも、なんの示し合わせもしていないのに、それぞれが別のタイミングでこれらのエッセンスを提供してくれたのだ。

どちらも、第2チャクラ・パートナーシップの持つ学びの本質を示していた。
そこで、今浮上している恐れと照らし合わせて落とし込みをしていくと、これら全てが繋がりあい、影響しあっていることに気が付いた。

感情についての扱いも、生活の問題も、想いを気付いていながら口に出せないことも、仲間とのパートナーシップ(内なる男性性・女性性でもある)のことも、役割を果たす為に特質を顕現させていくことも、全てが第2チャクラの学びに帰結している。

近頃引き寄せていた学びや具現をリーディングし、つなげてゆくと、大きな全体像が立体となって浮かび上がり、出来事の根底に在ったものがだんだんと見えてきた。
結局は、高次元の存在たちや蓮ちゃん龍さんに何度も言われている、第2チャクラの学びがあらゆる側面を以って浮上していただけなのだ、という事実を知ったのだった。
(さらに多次元的視点で見れば、もっと別の意味も包括していると思われるが、現時点で把握できるにはこんな感じだ)
以下参考までに、チャクラ本の一部を載せておく。


「7つのチャクラ」キャロライン・メイス著より ・第2チャクラについて

根源的な強さ
金銭的にも物理的にも自分自身の力で生き延び、自分を守っていける能力とスタミナ。
「戦うか、逃げるか」の本能。あえて危険を冒せる力。
家族、パートナー、財産、職業、あるいは金銭などの喪失から立ち直る回復力。
反抗する力、人生をやり直す力。個人の生活、あるいは仕事の上での決断を下す力と才能。

聖なる真理
第2チャクラに内在する聖なる真理は「互いを尊重すべし」というものだ。
この真理はお互いの関わり、そして全ての生命との関わりにあてはめられる。

霊的な観点から見ると、気軽なものから、最も親密なものまで、私たちが形成する人間関係は、すべて意識を高めるという目的を果たす。なかには苦しみを伴う関係も必要だ。
なぜなら自分について学び、自分の持つ限界にきちんと直面するということは、必ずしも自らよろこんでする、という類のものではないからだ。
霊的な意味で「はめられる」必要がある場合が多いのである。
― 中略 ―
第2チャクラの二面的なエネルギーには、自分を知る為に役立つ人間関係を、確実に「引き寄せてくる」力がある。「類は友を呼ぶ」とか、「学ぶ準備のできたときに、教師が現れる」といったような良く知られた言いまわしは、会うべき人にいつ、どこで会うのかを決めている「裏で糸を引く」力があり、必ず適切な時にその出会いが起こるようになっていることを認めているのだ。
第2チャクラには、これを意識してほかの人間とかかわるという霊的な課題がある。
自分の成長を支えてくれる人々とつながり、その障害になるような関係は手放さなくてはならない。

選択とは創造することのプロセス
第2チャクラの気は、同族と云う集団の気を越えて成長していく助けとなってくれる。
選択は、対立するふたつの極があるからこそ生まれてくるのであり、第2チャクラの二面性は、プラスとマイナスの気のパターンの相反する極がつくる世界で選択を続けていくという、永遠の課題を投げかけている。
すべての選択は、、私たちの気の微細な電流を宇宙に放つ。
そして宇宙は、気の放つ微細な電流に反応するのだ。

創造的、霊的な意味合いも含めて、選択の力をコントロールしていくことが、人間として存在するという体験の本質部分なのだ。
選択するという力こそが、私たちの霊を物質に、言葉を形あるものへと変換する働きである。
霊についてのあらゆる教えは、このことに気付くよう、私たちにひらめきを与える方向にはたらく。
選択とは、創造のプロセスそのものである。

私たちの行う選択が、私たちの霊を物質へと織りなしていくという事実こそ、世界の主だった霊的な教えが、基本的にだたひとつのレッスンを中心に形成されている理由である。
それは、賢い選択をしなさい、ということだ。
なぜなら、ひとつひとつの選択は、自分の霊の力を創造的に行使することにほかならず、その責任も自分で取らなければならないからである

さらに、信念をもって行われた選択は、そこに天の力がフルに加わることになる。
だからこそ、「けし粒ほどの信念が、山をも動かす」ことができるのだ。
逆に、恐れから行われる選択は、信じる心の気を侵害することになる。
―中略―
第2チャクラから得るべき学びとは、何もコントロールすることなどできない、という点であることだ。
私たちは物質的な存在であると同時に、気の存在だ。
物質的な世界をコントロールすることはできないのだから、私たちの目前にある課題とは、外界の世界に対する私たちの内面の反応をコントロールできるようにする、ということになる。
つまり、思考や感情である。
―中略―
二面性を持つ矛盾した本質の中にある真理とは、こういうことだ―大切なのは何を選ぶかではない。
結果に影響を与える力は、ある選択をした理由のほうに存在する。

第2チャクラの課題は私たちがある選択をするときに、何がそうさせるのかと云う動機を学ぶところである。動機を学ぶ中で、私たちは自分の霊の中身についても学ぶことができる。
あなたは恐れで満たされているのか、信ずる心でか。
私たちの選択は、すべてこの信ずる心、あるいは恐れのどちらかの気をもっており、選択の結果もまた、ある程度そのどちらかを反映する。この選択のプロセスの働きで、自分からも、自分の下した結果からも、私たちは逃げられないようになっているのだ。

~一部抜粋~



体現し続ける、役割を果たし続ける強さも、思いを口に出す行為も、同じエネルギーに違いはない。お金でさえ一つの周波数を持つエナジーに過ぎない。そのエネルギーの扱い方を、私は学び取っているのだということを、ひしひしと実感した。
すべては、意識一つで変化する、との真実を、こうして実際に実践し続けながら落とし込んでいくのだな。

そして既にそのことは、8月の終わりに私自身のセカンドスピリットから伝えられていたのだ。
 
   8.23 セカンドスピリットからのメッセージ 


うーん、うまいこと出来てるなあ。。。
大きいなあ。。。


手を離す、手放す一つとっても、今だからこそ、その意味がわかるのだ。

「恐れにフォーカスしない」
「流れ出るに任せるだけ」
=手放すこと

そしてフォーカスすることは、自ら進んで恐れをつかんで離さないことと同義なのだ。

体験したからこそ、理解できる。
認めているから、知ったから、自分自身をよくよく見つめているからこそ、もう手放すだけでいいのだ。
そして、出来ること、やるべきことをやっていけば、必要なものは向こうからやって来るのだ。

その始まりを招く行為=意図・意思・想像力

これらも一つのエネルギーであり、エネルギーの流れには法則が存在し、その法則の活用法によって、具現するものが変化してゆくだけ。

第2チャクラの学びを深め、思考や感情のコントロールを会得してゆくことで、いずれ顕現されてゆく錬金術を扱うための意識が培われてゆくのだ。
第2チャクラの学びのプロセスそのものが、二元性を越えるための必要不可欠の学びでも在るということ。


うんうん、まだまだ理解は僅かだけれども、目には見えないけれど確かに存在する法則を読み取ってゆくのって、大変面白い。





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数日前、私は久々に風邪を引いた。
エゴる直前まではなんともなかったのに、エゴを自覚したとたん、のどがイガイガと痛みだし、
鼻もぐずぐずなりだして、つまり私は、ほぼ一瞬にして風邪を引いてしまったのだ。


私の学びの土台は既に変化していて、以前とは異なる場所に私は立っている。
成熟して進む毎に、今までだったら「たいしたことじゃない」と流してしまえた小さなエゴが、気付かないまま放置して済ませていた(すんでいた)エゴが、肉体の顕著な痛みを伴う学びとして具現する様になってきた。。。様だ。

小さなことが、小さく感じられなくなる。
ちょとしたことの様に思えたものが、大事(おおごと)になって降りかかってくる。

蓮ちゃんが以前、学びのスパイラルが変わると、今まで気にならなかったエゴにエゴる様になる、とRenクラスで言っていた。

Ren class ⇒http://ryu-and-ren.seesaa.net/article/41806666.html
Ren classを体験して…[感想] ⇒http://ryu-and-ren.seesaa.net/article/47697019.html 
蓮ちゃんブログ⇒http://ryu-and-ren.seesaa.net/

蓮ちゃんのたとえ話でこんな内容があった。
マンションの1階の柵のある庭の中で、小さな子供が何かの上に乗ったり飛び跳ねたりして遊んでいても、別段命の危険はないし、安心して子供の様子を見ていられるだろう。

でもそれが、マンションの5階で、しかもベランダで起こっていたとしたら?
地上から数十メートルの高さの上で、子供が同じ様に遊んでいるのを安心して見ていられるだろうか?
きっと、あわてて連れ戻しに行くはずだ。
何故なら、命の危険を伴うから。

1階と5階では、同じ様に過ごしていても、そこで味わう体感は全く違ってくる。
1階では問題のなかったことが、5階では死の危険まで帯びてくる。

これは、成熟の過程にも置き換えられること。
成熟していき、徐々に純化が進んでいくと、今までエゴとは気付かなかったものが、エゴであることに気付きだす。心地悪くなる。自分の中にずっと潜んでいた、でも認識することが出来ずにいたモノが、知れるようになる。

過去の認識での「ちょっとしたこと」は、もうすでにちょっとしたことでは無くなりつつある。
私は徐々に変化していて、その「ちょっとしたこと」ではなくなった「ちょっとしたこと」を放置すると即座に具現がやってくる。
大抵が、心地良さを伴わない出来事(具現)だ。
大事なものを失くしたり、肉体的な痛みも多い。
まあいいか、ですまなくなることが増える毎に、より自分を愛し、大切に扱う必要性をひしひしと感じている。

もう誤魔化せないのだ。

神聖さを前に、言い訳もすり替えも無駄なのだ。
小細工は通用しない。
通用しなくなってきている。
目をそらして見ない振りをしたところで、結局は具現として直視せざる得ない出来事を突きつけられる。

私のハートから。

スピリットから。

高次の自己から。

その様にしているのは私自身。
知り、認め、降伏し、そして手放す為に。

自分に起こる出来事、内面に潜んでいたもの、それらに酔いしれ浸るのもそろそろ止めにしよう。
私はまた前に進みたい。
今までも進んでは来たが、より前進し、飛翔したいから。
もっともっと成熟したいなら本来の自分により戻りたいならば。


やるべきことをやって行こう。

やりたいことをやり続けよう。

自分を愛し続けよう。

自分を受け容れ続けよう。

私自身の神聖さに、ひたすら降伏し続けよう。


内観・リセット・実践・そして積み重ね
それに尽きるね^^



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最善の選択って、自分のハートの声に沿った選択をするってこと。

ハート=霊性、神我の自己

頭で考えている自分(顕在意識)の声に従うんじゃなくて、わくわくしたり、嬉しくてたまらなかったり、本当に自分がやすらげる様な選択をしてあげること。
自分の為に。

道はいくつもある様で、でも最善はひとつしかない。

真ん中にある一本道を外れて歩くと、そのぶん心地良くない出来事や、ストレスの溜まる現実がやって来る。
その心地悪さが、自分が本当に望んでいる道はここじゃないよ、と教えてくれている。
心地悪いから、心地良くなりたいから、今度は違う道を探そうとするからだ。

無数に枝分かれしている「迷い道」を行きつ戻りつ、やがてハートの望む道を歩き出すと、ハートが輝いてくるのを体感しだす。
「ああ、私は本当はこんな風に生きたかったんだ!」
と、歓喜が沸き起こる。

心地良さを知ってしまったら、もっと心地良い体験を味わいたくなるもの。

そしてそのまま、最善の選択をし続けることよって、自分の想像を遥かに超えた現実が、多くの愛と共に降り注ぐようになる。

それは、神聖さからの祝福(ギフト)だ。


自分を見つめることで、自己探求をし続けることで、本当の私が望む最善を私は知ってゆく。

過去の思い込みでいっぱいだった自分がどんどん剥がれ落ち、どんどん軽やかになる。

ハートで語り合える仲間と出会い、魂の家族と出会い、毎日が新しい自分の発見で、心は癒され、霊性も深まって、自分の生まれてきた意味さえ感じられる様になってきた。

別に、何かのスキルを使って生まれてきた目的を知ったわけではなく、スキルを習って心身を癒しているわけでもない。
でも、日に日に生きることが楽しくなる。
やりたいことがハートから沸いてきて、実践も出来るようになってきた。
充実している。
満たされてゆく。

心にぽっかり穴が開いて、その穴を埋めるものを探しにさ迷い歩いていた私は、もうどこかに行ってしまった。

きっかけは、「自由になりたい!」と想いから。
やがて

「本当の自分を知りたい!」
「本当の自分の声を聞きたい!」
「本当の自分を表現したい!」

と少しづつ変化していった。
自己探求を始めてから、まる2年は経った。
その2年は、過去30年間の中で最も幸せな現在(今)を私に与えてくれた。
これからも、その幸せを自分に与え続けたい。
迷い道に足を踏み入れても、もう歓喜を知っている私は、自分を心地良くする為に、最善の道を見つけ出す。

現在(今)に全ての答えがある。
自己探求は、すでに与えられている答えを読み解く目を養ってくれる。
自分で知ってゆける。
体験と共に。

自分こそが自分を真の幸福へと導いてくれる

その真実を、自分の生き様そのもので、dozenの蓮ちゃんが教えてくれている。
自己探求によって自分を愛し続けた結果、パートナーの龍さんと共に霊的な成熟深めて続けている。
蓮ちゃんはキリスト化さえ始まった。
蓮ちゃんの意識は高次領域に突入したのだ。

私は1年半前の蓮ちゃんを少しだけ知っているが、蓮ちゃんは蓮ちゃんだけども、あの頃の蓮ちゃんとはぜんぜん違う。
当時もすでに愛にあふれていたが、その後も常に誰よりも真摯に探求に打ち込み、真実の体験を引き寄せ、成熟を深めていった。
真摯に自分を愛する選択をし続けていった。
そして今では、さらに意識は純化され、神聖さのあるがままの体現が深まっている。

蓮ちゃんは、自分は今最高に幸せだという。
それを言葉以上に、全身からあふれ出すエネルギーが雄弁に物語っている。

私も、自己探求によってここまで来た。
やりたいことをやるために、一生離れることはないと思っていた地元を出て、京都へ移住した。
以前だったら逃げ出していただろうことにも、少しづつ向き合える様になり、心の重しの外し方が上手くなった。

自分を愛するってなんて心地良いんだろうって心底感じる。
だから私は、自己探求はやめられない。




10月の探求シップ募集中! 詳しくはコチラ!


☆dozenの蓮ちゃん、龍さんの日記はコチラ
☆ラブスピースとは コチラ




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先日のRenクラスにて、蓮ちゃんから「協力して欲しい」という言葉があった。

蓮ちゃんはいま、365日、24時間ずっと、イニシエ時や高次のメッセージが降りてきているような、常にアクセス状態にあると云う。

イニシエーションを行っている最中や高次のメッセージが直接降りている時は、私たちはなるだけ蓮ちゃんが神聖さの流出をスムーズに行えるように協力体制に入るが、日ごろの、何気ない日常の中では、そういった配慮は抜け落ちていることが多い。
なにより私自身がそうだ。

より成熟し、より純化されつつある蓮ちゃんにとって、私たちの中では流してしまえる様なちょっとの不全さえも、ちょっとのことでは済まなくなるのだ。

そのことについて全ちゃんが、ブログでアップしてくれている。

全ちゃん日記「協力して欲しい」


その話を蓮ちゃんから聞いたとき、自分の状態をよくよく省みる必要性を私は感じていた。
私も蓮ちゃんに対して不全で接することが度々あったからだ。
そして今日も、自覚の無いまま蓮ちゃんに不全で突撃してしまった。
スーパーの食品売り場でdozenと鉢合い、私は嬉しさのあまり舞い上がり、何一つ、配慮が出来なかった。
依存で蓮ちゃんに張り付く、「聞いて聞いて」とアピール込みのインチャ的反応を続けた。
さらに、蓮ちゃんがマンションに帰ろうとした時、もっと話を聞いて欲しい、そばにいたい、という想いから、蓮ちゃん宅に一緒に一緒に入ろうとした。これは、純粋に沸き起こってくる神聖さへの想い、ではなく、自我の、機能不全の依存や奇跡への期待が含まれているものだった。
境界線を踏み越えて、自分のインチャ的反応の感情に呑まれたままで、神我領域に踏み込もうとしたのだ。
自我の都合のまま、押し付けるように。
そこで、龍さんのストップが入ったのだった。

引き寄せ自体は、自分の中の神聖さに沿えたことで具現した部分もあると思うが、出会って以降の私の状態が問題だった。
真に神聖さに明け渡す姿勢でいたならば、必然として神我領域への誘いも在ったかもしれない。
それが霊的に必要ならば。
でも、この時はそうではなかった。
自分の軸を見失い、私の癖である「依存」「認めて欲しい」という衝動でいっぱいだった。
別れ際、龍さんに止められたことで、やっと自分の状態を自覚した。

その後、内観を行い、つくづく私は口ばっかりで、動が伴っていないことを痛感した。
近視眼の強い私は、相手の立場に思いやりが全く持てていないのだ。
まさに、「自分ばっかり」だ。
私がしたことは、蓮ちゃんをエネルギーで殴りつけたことと一緒なのに。

神聖さに沿うといいながら、神聖さを守護したいといいながら、云ってるそばからこの状態。。。
もちろん、蓮ちゃんが云ってくれているように、この不全の浮上は「通過儀礼」でもあるのだろう。
でもだからといって、何をやってもいい、と云う訳ではないはずだ。
蓮ちゃんは自分にとってもレッスンだと云っていたが、私にとってもレッスンであるのだが、
だけど、殴られて、核弾頭を撃ち込まれて、平気な人はいない。

自分を責めても仕方がない。
でも、真に自分の姿を直視しないことには何も始まらない。

昨日のバイト先でとても視野の広い、配慮の出来る女性と一緒になった。
彼女はありのままの姿で、私に近視眼でない行動を教えてくれていた。
そして今日、さっそく試された。
試されて、(自分で試して)撃沈した。

スピリットは云っていたな。
練習でなく、レッスンをなさい、と。

本当にね。
その通りだ。

切り替えて、進み続けるしかないけれど。
履き違えてばかりなこの頃だが、真のリセットの為に、精進してゆこう。





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霊的先駆者の蓮と仲間たちと一緒に自己探究中。

◆蓮との出会い

どこか遠くに探し求めなくても、愛は自分の内にあった。
私は一人ぼっちじゃなかった。
目には見えないけど、大いなる存在に守られ生かされていることを知った。
頭ではなく心で感じた、最近の私の自己探究。

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